逆子

妊娠中は薬の副作用などの心配から服薬を控えなければなりません。また、妊娠によって腰痛・背痛・めまい・立ちくらみ・つわり症状・帯下・排尿障害・胸やけ・便秘・痔・乳房痛・頭痛・下肢の浮腫・静脈瘤・下腿痙攣・下腹痛・だるさ・疲労感などのマイナートラブルも起こしやすくなります。

妊娠中の健康管理には副作用がなく身体全体を調整できる鍼灸が最適です。はり灸には昔から“安産のお灸”があって、母子ともに健康で丈夫な赤ちゃんを産むことができるようにお灸をすえてきました。

近年になって“逆子”に対する鍼灸治療が注目を浴びるようになってきたのは喜ばしいことです。
現代医学においては、リスクを伴う外回転術による骨盤位の矯正よりも出産時の危険を如何に避けるかが重要で、帝王切開が主流になっています。一方で、できればお腹を切りたくないという妊産婦の方も多く、また手術する前に何か手だてになるのであればと逆子の鍼灸治療を評価してくれる医師の方も増えてきました。
現在、逆子治療に一般的に使われている「三陰交と至陰」ですが、二穴の作用は全く正反対で「三陰交は上昇性」に「至陰は下降性」に働きます。実はこの異なる方向性が逆子(骨盤位)治療の基本になるのです。

〔Ⅰ〕現代医学における骨盤位
1.定義
骨盤位とは、子宮内の胎児の軸が母体の軸に一致する縦軸位のうち、児頭が母体の上方を向き、骨盤が下にある胎位のもの,下向先進部により単殿位、複殿位、膝位、全足位、不全足位などにわけられる。

 

また、胎向については、児背が母体の左側にあるものを骨盤位第1胎向(第1骨盤位),右側にあるものを骨盤位第2胎向(第2骨盤位)とよぶ。
2.分類
骨盤位は次のように分類される。
1.殿位-

a)単殿位(純殿位):両下肢が児の躯幹の腹側に沿って上方に伸展し、殿部だけが先進するもの,

b)複殿位(殿足位):下肢が股・膝関節で屈曲し、踵が殿部に接して先進するもの、これを2つに分ける,

 

1.全複殿位(殿両足位):両踵とも殿部に接するもの,
2.不全複殿位

(殿片足位):片側の踵だけが殿部に接するもの,2.膝位-下肢が股関節で伸展し、膝関節で屈曲して膝が先進するもの、これを2つに分ける,

a)全膝位(両膝位):両膝が共に先進するもの,

b)不全膝位(片膝位):片側の膝のみが先進するもの,

 

3.足位-下肢が伸展して先進するもの、これを2つに分ける,

a)全足位:両足が先進するもの,

b)不全足位:片側の足が先進するもの。

 

3.頻度
全骨盤位の半分以上は初産婦である。妊娠中期における胎児には骨盤位が多いが、妊娠36週を過ぎると、骨盤位の症例は7~8%以下に少なくなってしまう,これは胎児の頭が大きくなり、重さも一段と増加するので、自然と重力の法則で下にくるのだと考えられている。

 

骨盤位は全分娩の約3~4%。或は約3~5%。或は3~6%ともいう。また、妊娠末期の外回転術などを実施せず、膝胸位を行う程度で自然の経過を観察していた、20年以上前のデータでは、3.3~6.2%程度で、これが真の骨盤位の発生程度を示している。

 

妊娠24~27周では約1/3を占めているが、妊娠37周以降では約6%にすぎない。

また、それぞれの殿位の比率は、殿位が70%、足位が30%、膝位は全体の約1%前後と稀である。或は、殿位が約75%、足位が約24%、膝位はきわめて稀で約1%である。
4.原因
骨盤位の原因は約80%が不明である。胎児下肢の伸展・多胎妊娠・低体重児・前置胎盤・双角子宮または子宮筋腫などの子宮の変形・水頭症や無能児などの胎児変形・死亡胎児などがあげられる。頭位に比して無能児は2~5倍、水頭症は10倍といわれている。最近では、胎児下肢の伸展が骨盤位の原因として最も重大なものといわれている。
5.骨盤位分娩の危険性
◇先天異常-骨盤位の場合、早産、未熟児が多く、先天異常の頻度は未熟児骨盤位で17%、正期産の骨盤位でも9%である。
◇過伸展-児頭の過伸展は、分娩時の骨盤位の約5%に出現する。頚部が90%以上の過伸展を示していると、70%に脊髄損傷が起こる。
◇死亡率-最大の抵抗である児頭が後続となるため、周産期児死亡率は正常予定日頭位分娩の3倍(4~6%)に達する。

また緊急帝王切開の胎児死亡率は、予定帝王切開の約3倍である。
◇分娩外傷-児頭の急速な牽引のため、母体には軟産道の裂傷や弛緩出血、児には頭蓋内出血や骨折などの分娩損傷をみることが多い。頭位に比べ分娩外傷は約12倍といわれている。
◇前期破水-前期破水が合併する頻度は30~50%と高く、正期産の場合は13%であり、有意に高率である。ちなみに前期破水は全分娩の10~20%に出現する。
◇臍帯脱出・下垂-骨盤位で前・早期破水が起こると臍帯脱出が起こりやすく、その頻度は、頭位で0.1%なのに対して、骨盤位では5.1%と約50倍と報告されている。

 

臍帯脱出の頻度は3.3~6.6%程度との報告がある,また初産では3%、経産では6%で、経産のほうが2倍臍帯下垂の発生頻度が高い。

6.外診
たいていの場合、骨盤位はすでに外診によって識別できる,他が正常な状態では、外診によって少なくとも骨盤位を疑える,難しいのは、肥満婦人・腹壁が緊張している場合、およびとくに羊水過多症の外診である,胎動は骨盤位では有痛性であることが多い。

 

骨盤入口には、やわらかい不規則な部分を触れる,児頭は硬い球形の塊として子宮底近くに触れる。骨盤位では腹部触診が頭位と上下逆になる,Leopoldの触診法では、
第1段:かたく丸い浮動性の児頭を触れる、→浮球感ballottement,
第2段:児背、小部分については頭位と同様,
第3段:柔かく境界不明瞭の殿部を骨盤入口上に触れる,
第4段:頭部の突出cephalic prominenceが確認できない。
7.聴診
胎児心音は、頭位、骨盤位に限らず妊娠12週では、ほぼ100%に母体腹壁上から超音波ドップラ-聴診器で聴取できる。

骨盤位の場合、児心音は児背側,頭位に比べて上方で、臍高または臍の上方で聴取できる。また、胎児の心拍数の正常値は、120~160bpmである。
8.骨盤位胎児の自然矯正
妊娠28週から32週ごろまでは自然の経過をみる。妊娠35~36週までは、自然になおる可能性が高いのでそのまま放置する,腹帯など子宮を圧迫するようなものをしているときは、これを取らせる,この圧迫をとっただけでも、随分と骨盤位は自然矯正される。

骨盤位の胎児が頭位に回転するときには、必ず、上にある頭の方から、下がり始め、頭部は胎児の腹部の方にまわっておりてきて頭位となる,児背の方向にまわることは、決してない,したがって骨盤位の妊婦を児背を上にして側臥位にすると、児頭は胎児の腹部の方へ下がってくるので、ひとりでに骨盤位は矯正されることが多い。
9.胎位矯正法
胎位矯正法には、胎児の自然回転を助長する方法(胸膝位-側臥位法、仰臥骨盤高位法、針温灸法)と、直接腹壁から術者が胎児を把持して胎位を変換させる外回転法がある。

 

膝肘位による骨盤位矯正法は、妊娠末期にはかなり苦しい姿勢であり、破水例もあるので行わない方がよい,側臥位法で十分である,外回転術は、少ないながら胎児死亡、胎盤の早期剥離などの合併症があり、行わないとする方針が正しいようである,ことに妊娠36週以後では子宮筋の緊張もでてくるので禁止すべきである,胎児や臍帯などの方からの理由で、妊娠末期になっても骨盤位を示している場合がかなりあるので、これらの症例に対して無理に矯正するという考えは正しくない。

〔2〕東洋医学古典における難産
1.中国古典
○「鍼灸甲乙経」婦人雑病(皇甫謐、215-282年)
=女子字み難く若くは胞出ざるは崑崙これを主る。
○「備急千金要方」婦人病(遜思邈,581-682年)
=字み難く若くは胞衣出ず泄風頭より足に至る、崑崙を刺して五分入る、灸三壮。
○「千金翼方」婦人第2(遜思邈,581-682年)
=婦人逆産は足出ずる、足の太陰に針すること三分を入る、足入れば乃ち針を出す、穴は内踝の後白肉際陥骨宛宛たる中に在り。横産は手出ずる、太衝に針すること三分を入る、急いで百息を補すこと、足の大指の奇一寸を去る。産難月水禁ぜず、横生胎動するは、皆三陰交に針す。凡そ難産は、両肩井に針すること一寸、之を瀉す、須臾にして即ち生する也。
○「諸病源侯論」婦人難産病諸侯(巣元方、610年)
=[産難侯]産難する者、或は先ず漏胎に因り、去血臓燥す、或は子臓、疹病を宿挟し、或は禁  忌に触れ、或は始めて腹痛を覚え、産時未だ到らざれば、便即ち驚動し、穢露早に下りて、子道乾渋を致し、産婦の力疲るるは、皆難きにせしむる也。

其の産婦の舌を侯い青き者は、兒は死し母は活く。

脣青く口青く口の両辺に沫出ずる者は、子母倶に死す。面青く舌赤く沫出ずる者は、母は死し子は活く。

故に将に産まんとして産処に坐臥し、須らく四時方面を順じ、并せて五行の禁忌を避くべし。

若し犯し触れること有らば、多くは産難をせしむ。産婦の腹痛して腰痛まざる者は、未だ産まざる也。

若し腹痛し腰に連なること甚しき者は即ち産む。

然る所以の者は、腎の侯は腰にありて、胞は腰に繋ぐの故也。

其の尺脈の転急なるを診し、縄を切りて珠を転ずるが如き者は、即ち産む也。
=[横産侯]横産は、初めて腹痛を覚え、産時未だ到らず、驚動し早に傷つけ、兒転未だ竟まらず、便ち力を用いて之を産む、故に横ならしむる也。

或は禁忌の為すところを触犯して、将に産まんとして産処に坐臥す。須らく四時方面を順じ、并せて五行の禁忌を避くべし。若し触犯すれば、多くは災禍を致す也。
=[逆産侯]逆産は、初めて腹痛を覚え、産時未だ到らず、驚動し早に傷つけ、兒転未だ竟まらず、便ち力を用いて之を産めば、則ち逆ならしむる也。

或は禁忌を触犯し、故に産処にて坐臥に及ぶ。須らく四時方面を順じ、并せて五行の禁忌を避くべし。

若し触犯すれば、多くは災禍を致す也。養生方に云う、妊娠大小便は非常の去処に至す勿れ、必ず逆産し人を殺す也。
○太平聖恵方(王懐隠、982-992年)
=張文仲、婦人横産、先手出ずるを救うに、諸般の符薬は捷せず、婦人の右脚小指尖頭に灸するに三壮、炷は小麦大の如し、火を下すに立ちどころに産す。
○「鍼灸資生経」難産(王執中、1220年)
=難産、衝門、難産を治す。子上りて心を衝き、息を得ず。張仲文は横産先づ手を出るを療するに諸符薬捷てず、右脚小指尖頭三壮、炷は小麦の如し、火を下せば立ちどころに産す。
○「神応経」婦人部(劉瑾、1425年)
=難産には合谷補、三陰交瀉、太衝。
○「鍼灸聚英」婦人(高武,1529年)
=婦人月水利せず、難産す。子上りて心を衝き、痛みて息を得ず。気衝に灸すること七壮。
○「鍼灸大成」婦人門(楊継州、1601年)
=難産、合谷(補)、三陰交(瀉)、太衝。横生死胎、太衝、合谷、三陰交。横生手先出、右足小指尖(灸三壮立産、炷如小麦大)。
○「類経図翼」婦人病(張介濱、1624年)
=産難横生、合谷・三陰交。一に横逆難産を治すに、危うきは頃刻に在り、符薬霊かならざる者、急いで本婦の右脚小指尖に灸すること三壮、炷は小麦の如し、火を下せば立ちどころに産すること神の如し、蓋し此即ち至陰穴なり。

○「医宗金鑑」生育門(呉謙,1742)
=難産之由は一端ならず。胎前安逸に眠を貧り過ぎ、惊恐気怯して早くから力み、胞は破れて血は壅ぎ漿は干す。

 

 

 

2.日本古典
○「啓迪集」婦人門(曲直瀬道三、1574年)
=灸法、難産及び胞衣下らざるを治す、至陰の二穴を灸す、三壮、又大衝の二穴に灸す。三壮を灸す。
○「鍼灸集要」難産(曲直瀬道三,1574年頃)
=横生逆産は薬効せず、右足小指尖頭に灸二壮、火を下せば立ちどころに産む。
○「療治之大概集」婦人門(杉山和一、1682年頃)
=産前には重き物を持ず高き所の物を取ず腹を立ざるものなり、必ず難産すとあり、まづ逆産は足を出し、横産は先づ手を出し、坐産は先づ尻を出す。

是れ皆力を出す故なり。手足先づ出すには手足の内を鍼にて一二分の深さ三つ四つ刺し塩を其の上へぬる、子痛みを得て軽々と引き入り返り生るゝなり。

…難産分娩せざるには、三陰交・合谷・至陰に灸す。

…難産子母の心を握りて生れざるには、巨闕・合谷・三陰交。

○「選鍼三要集」婦人病(杉山和一、1682年頃)
=産難横生、合谷・三陰交。
○「鍼灸抜粋大成」婦人(岡本一抱子、1698年)
=(鍼)難産には、合谷・三陰交。(灸)横産逆産及び胞衣下らざるには右足の小指の頭に三壮 或は五壮尤も妙なり。
○「鍼灸阿是要穴」(岡本一抱、1703年)
=[逆産刺大陰]千金に出ず。婦人逆産を云う。足先ず出ずるは足の太陰を刺して三分を入る。足入りて乃ち鍼を出だす。

穴は内踝の後へ白肉の際、骨陥宛々たる中に在り。婦人産に臨んで其の子の足先ず出ずるを逆産と云う。此に鍼すること足の内踝の後へ赤白肉の際、骨の陥なる中に三分を刺す。鍼を留めて其の足の自ら入るを俟って鍼を去る也。

按ずるに此の穴處未だ詳 ならず。大概腎経太谿の穴を云うに似たり。疑わらくは太陰は少陰の誤りならんや。
=[横産]鍼灸聚英に出ず。横生の手先ず出ずるは右の足の小指の尖上に三五壮を灸す。炷は小麦大の如くす、効有り。

産に臨むに手先ず出て横産する者は右足の小指頭の尖に灸す。按ずるに此の兪、属する所の正當の経穴とは未だ之を考えず
○「和漢三才図絵」懐妊胎孕(寺島良安、1712年)
=横産〔胎児が出産のとき、先ず手から出てくる〕、倒産〔胎児が出産のとき、先ず足から出てくる〕、急いで催生如意散を用いるか、産婦の右脚の小指の尖の外側に灸をする〔足の膀胱経の至陰穴である〕。

三回灸すれば平穏出産する。脇や額や背や髀より出産するものがある。
○「鍼灸重宝記」妊娠(本郷正豊著、1718年)
=難産横産死胎には合谷を補して再び瀉すべし、三陰交、太衝。横産にて子の手を出さば、産母の右の足の小指の尖の上に灸小麦ほどにして三壮か五壮すべし。胎子、手足を出さば針にて手足の心を一分刺て塩をぬり、徐に送入れば子がへりして順に産す。難産には至陰三壮、又太衝三壮。
○「鍼灸要法指南」婦人(岩田利斎、1720年)
=催生(サイセイ・ハヤメ)、産に臨んで生れ難く、或は胞衣下らざるに、三陰交・合谷難産は多くは是れ気血共に虚し、又気血凝滞して子轉運すること能はざる故なり。

逆産は先ず足を露す。横産は先ず手を露す。坐産は先ず臂を露す。是れ皆いきむことはなはだ早くして力を盡す故なり。

 

手足を露す者は針を以て手足の心を一二分刺し、塩を以て其の上にぬり徐々に送り入れば児痛むことを得て驚転し縮り即ち順に産る。産婦の足小指の尖に灸すること三壮立ちどころに産む。右足の至陰穴に灸するも亦佳なり。

合谷・三陰交・大衝・崑崙・気衝。
○「鍼灸則」婦人科(菅沼周圭、1767年)
=難産の婦、皆な是れ産前恣にし、致す所は独り難産のみに非ず、且つ産後の諸疾皆な是れに由て生ず。

鍼、三陰交・合谷・石門・関元。横産、鍼、三陰交・腎兪・合谷。横産は手先ず産門より出ず、手出づれば細鍼を以て掌中を刺すべし。逆産足先に出ず、鍼、関元・石門・三陰交。灸、右足小指尖に三壮、立ちどころに産む、炷小麥大の如くす。

○「名家灸選」婦人病(和気惟亨、1805年)
=分娩横生手出ずるを治す法 医綱本紀
右足小指の尖へ灸すること三壮、立ちどころに産す。

炷小麦大の如し。得効方に云く、横生逆産諸薬効なくんば、急に産母の右脚小指尖頭の上に灸する三壮。即ち産す。至陰穴と名づく。適たま和華一轍の治法を得、いまだ試みざるといえども、効に応ずるの一奇法なり。
○「鍼道発秘」難産(葦原英俊、天保5年、1834年刊)
=難産の鍼、もし産することおそく難産とならば子安の鍼(安産鍼)を用ゆべし、痞根・章門・京骨を深くさすべし。又腎兪・大腸兪・陰陵泉・三陰交にひくべし。

3.現代中国
①難産の原因
胎位不正は胎不正《産家要訣》ともいうが、難産の原因の一つに挙げられている。

「懐孕し月足りて、胎位は已に向下に移るが、胎児が娩出し難きを指す,症は腹部陣痛、腰腹痠脹、小腹重墜、胞水と血が倶に下って、胎児もまた娩出しない,産婦の生理異常、産道狭窄、胎位不正、或は胎児過大、或は羊水早破、産婦の気血運行が不暢などの原因によって致る,其の中、産時に児の手が先に下る者は“横産”と称し、児の足が先に下るを“倒産”或は“逆産”と称す。

若し産時に力を入れるのが早すぎ、児頭が偏歪して肩が先に露れるものを“偏産”称する,産婦が力を入れるのが早過ぎて、疲乏し、久しく椅褥(椅子に敷く座布団)に座して、仍未だ産出しないのを、“坐産”と称する,産婦が突然力み、胎児を逼迫して娩出し、そのために傷損するものを“傷産”という,此の外、妊娠し未だ月足らずして痛んで産もうとするが、産出できないもを、“試月”と名づく」。
②現代中国における胎位不正治療
胎位不正を、「胎位異常」として初期に報告したのは王雪苔であろう。「針灸が胎位を矯正する効果は顕著で、臀位、横位すべてに活用し、妊娠7~8月に施術するのが最も適切である,両側の至陰穴を取り、それぞれ艾巻懸灸を用いて15分間、或は艾炷灸5~7壮(温熱灸)をすえる,毎日1回、胎位転正后更に3日灸をすえれば、ただちに分娩に至る(ただ針をして灸をしなくてもよいが、灸をした方が効果は顕著である)」。
更に王雪苔は「灸法矯正胎位協乍組:双側至陰穴を取り、艾条温和灸を用いて、灼痛を生じないのを限度として、毎日1回、毎回15分間行った。共治2069例、成功者1869例で、90.3%を占めている。そのうち86%は治療1~4回で矯正され、14%は5~10回で矯正された」と報告している。

1986~96年の間に、王雪苔をはじめ、丁愛華(至陰穴に激光光針照射)

・秦廣風(子宮・交感・皮質下・肝・脾・腹などの耳穴に、どうかん草の種子を貼る)

・田従豁(至陰穴に針灸)

・王全仁(至陰穴にヘリウム-ネオン激光照射)・傳靜常(至陰穴にヘリウム-ネオン激光照射)

・沈健(子宮・交感・皮質下・肝・脾・腹などの耳穴に、どうかん草の種子を貼る)

・崔紹華(子宮・交感・皮質下・肝・脾・腹などの耳穴に、どうかん草の種子を貼り、反屈姿勢を配合)

・趣伯平(至陰穴にどうかん草の種子を貼る)

・張玉紅(至陰穴に艾灸)

・呉耀持(三陰交穴と至陰穴に温針)

・柴玉華(指切法に至陰穴への艾灸を加える)などによって、大量の研究報道がなされた。

 

各氏の症例数を集計すると、4.700例を越えている。胎位矯正の成功率は67.3~100%で、平均87.7%になる。
中医では、婦人は血を以て本とし、孕婦の気血充沛し、気機通暢していれば胎位は正常である。

若し孕婦の体虚し、正気不足すれば、胎位を安正する力がない。

或は孕婦の情志が抑鬱し、気機不暢すれば、また胎位が回転し正位になるのが困難になる,至陰穴に艾灸して胎位を矯正する成功率は頗る高く、一般には71~95.5%である。

 

ほとんどが1~4回で矯正される,横位の成功率は臀位より高い,一般に灸后小一時間で胎動が高まる,妊娠7~8ケ月(30~32妊娠週)が最も転胎に最適な時期である。
[治療法則]調足少陰経気,至陰は足太陽膀胱経の井穴、膀胱と腎は互いに表裏をなし、胎児は腎気の養うところで、至陰に灸することで足少陰の気を調え、胎位を矯正することができる,

[臨床加減]三陰交・太白・公孫・少商・足竅陰を参酌配用する,

[現代医学的な作用機序]針刺艾灸は子宮の緊張性を増高させ、針灸は脳下垂体-副腎皮質系統を興奮させ、それらのホルモンの分泌を増多することによって、子宮平滑筋を収縮させ、子宮活動を増強させることによって、胎動を増多し、胎位不正を矯正するといわれている。

現代中国では、下記の治療法が一般的になっている。
現代中国における胎位不正の一般的治療
(1)艾灸
処方:至陰
方法:艾条灸を常用し操作時には腰帯をはずし、毎回15~灸すること15~20分、毎日1~2回、3日后に再検査する。胎位が転正すれば中止する。

また艾炷灸を用いてもよい。黄豆大の艾を両側の至陰穴に おき、点火し局部に灼熱感を得れば艾灰を取り去る。毎回灸すること7~9壮、毎日1回、3日后に再検査し、胎位が転正すれば中止する。
(2)針刺
処方:三陰交・至陰
方法:三陰交には針を進めること0.8~1寸。針感を経に循って上伝するように求める。至陰穴には0.3寸刺入する。留針20分間。毎日1回、6回を全療程とする。また電針を用いてもよく、電針を両側至陰穴につなぎ、20~30分間通電する。
(3)穴位激光照射
処方:至陰
方法:ヘリウム-ネオン激光儀を用いる。功率5mW,直接穴位に照射し、それぞれ5~8分間、毎日1回、3~5回を1クールとする。

             (孫国杰主編「鍼灸学」人民衛生出版社出版による)

4.現代日本
現代日本で、妊産婦の禁灸穴とされている三陰交に施灸し安全性と有効性を初めて報告したのは石野信安であろう。

 

「妊娠6カ月から10カ月の20例の異常胎位に半米粒大で3~5壮を三陰交に施灸して経過観察をしたところ、大部分が1~2日の間に正常位に自己回転をし、古来三陰交は妊娠中禁灸穴とされているが、何等の副作用もなく、胎児の異常胎位矯正には試むべき方法である」。

 

以後日本における胎位矯正の治療は三陰交が一般的で、1980年代までは日本方式「三陰交(灸)」、中国方式「至陰(灸)という認識が一般的であった。近年になり日中医学交流が盛んになり、中医学による辨証論治による治療が用いられるようになった。

①中医学による胎位不正治療
【1】気血両虚による胎位不正
病因病幾:平素より体質の虚弱な婦人が、妊娠すると気血が消耗する。気虚によって胎児の動きが無力化し、血不足によって胎児が渋滞すると、胎児の動きが悪くなり胎位不正がおこる。
随 伴 症:顔色萎黄、四肢無力、倦怠、懶言、心悸、息切れ。
舌 脈 象:舌質淡、舌苔白、脈沈滑 無力。
証候分析:
1.胎位不正 -気血が不足し運動量が減退しておこる。
2.顔色萎黄、四肢無力、倦怠-脾気不足により四肢や顔面に気血が運ばれ  ないとおこる。
3.心悸、息切れ、舌質淡、舌苔白、脈沈無力-気血不足によりおこる。
4.脈滑-妊娠の脈象である。
治  療:益腎調血、気機調節、益気補血。
処 方 例:至陰+関元、足三里。
【2】気機鬱滞による胎位不正
病因病幾:情緒が抑鬱し肝脾気結となったり、寒涼を感受して気機が凝滞したり、または胎児が大き過ぎて気機を壅滞させると、どの場合も胞胎の動きに影響して、胎位不正がおこる。
随 伴 症:胸悶、腹脹、精神が抑鬱して不愉快、よく溜め息をつく。
舌 脈 象:舌質正 常、脈弦滑。
証候分析:
1.胎位不正-気機の阻滞により胎児の動きが障害されるとおこる。
2.胸悶、腹脹、精神が抑鬱して不愉快、よく溜め息をつく、
3.脈弦-肝気が 鬱結するとおこる。
脈滑-妊娠の脈象である。
治 療:益腎調血、気機調節、疏肝調気。
処 方 例:至陰+気海、内関、太衝。
【3】血滞湿停による胎位不正
病因病幾:妊娠後期に血が胞胎中に集って運行を雍滞すると、胞胎はしだいに増大して気機不利となり水湿が内停する,この血と水湿の停滞が、胎児の動きに影響すると、胎位不正がおこる。
随 伴 症:腹脹して痛む、または小便の量が少ない、下肢浮腫。
舌 脈 象:舌質暗または淡、舌苔薄または潤、脈沈弦または滑。
証候分析:
1.胎位不正-血と水湿が胞脈に停滞し、胎児の動きが傷害されるとおこる。
2.腹脹して痛む-気滞血瘀によりおこる。
3.小便の量が少ない、下肢浮腫、舌苔潤-気機の不利により気化が失調し、水湿が停滞するとおこる。
4.舌質暗-血瘀によりおこる。
5.脈沈弦-痰飲が内結するとおこる。
治  療:益腎調血、気機調節、行血滲湿。処 方 例:至陰+三陰交、陰陵泉。
(天津中医学院+学校法人後藤学園著・兵頭明監訳・学校法人後藤学園中医学研究室翻訳「鍼灸学臨床篇」より)

 

②現代日本における骨盤位の研究
1985~1998年の間に、呉澤森(三陰交穴と至陰穴にやや上向きにして刺鍼、得気が上に起こることを確認後、置鍼20分間)

・林田和郎(至陰穴に半米粒大3壮施灸、三陰交穴に灸頭鍼3壮)

・松本勇(両側の三陰交穴と至陰穴に半米粒大3ないし5壮施灸、その後に両側三陰交穴または左右いずれかの郄門に皮内鍼3~4日間留置)

・向井治文(至陰穴に施灸、三陰交穴に灸頭鍼)

・宮地直丸(三陰交穴と至陰穴に置鍼15分間)

・丹羽邦明(湧泉穴にカマヤミニ10壮、三陰交穴に千年灸10壮、至陰穴に棒灸)

・添田陽子(三陰交穴にカマヤミニまたは知熱灸5壮、至陰穴に知熱灸5壮)

・高橋佳代(自宅で仰臥位で股関節と膝関節を屈曲したくつろいだ姿勢で、至陰穴に膝まで温かくなるか、あるいは胎動が激しくなるまで温灸。その後は胎児頭腹側を下にした側臥位をとらせる方法を、1日3回繰り返す)

・田川健一(週1回通院による至陰穴の透熱灸と三陰交穴の灸頭鍼で熱感を強く感じるまで。自宅における至陰穴の透熱灸を熱く感じるまでと三陰交穴のカマヤ灸1~3壮で熱くなるまでとの組合せ)

・Cardini(至陰穴に棒灸、片側15分間ずつ30分間、水疱を生じない程度の我慢できるギリギリの熱さまで)などの報告がある。各氏の症例数を集計すると、1.549例で、胎位矯正の成功率は61.4~92.2%で、平均80.59%になる(20)。

③鍼灸療法開始の時期
特に34週未満では頭位への矯正率が高く、27~28週で骨盤位の診断がついた時から施行することがより効果的であると述べている(21)。

④鍼灸療法の効果的な方法
リラックスした姿勢で熱感(足部や腹腰部の温かい感じ)や胎動を感じるまでお灸(灸頭鍼含む)を行い、その後は安静にする、といったことが共通しているようである。

温灸後は胎児頭腹側を下にした側臥位をとらせる。

患者をベッドに仰臥位にするか背もたれのある椅子に腰掛けさせ、両側の至陰を棒灸で15~20分間温める,毎日1~2回治療し、胎位が矯正できたら止める。

 

坐位で治療した患者は12名で、全員が改善した(100%),一方、仰臥位で治療した患者は5名でそのうち2名が改善した(40%),姿勢により自律神経の緊張状態が変わるという話もあるので、坐位の方が良いということもあり得る。

少なくとも坐位で治療効果が落ちなければ、妊婦にとって楽なな坐位で治療するのは良いことだと思う,現時点では明確な根拠はないが、今後の検討が望まれる報告だと思う。

⑤作用機序
皮膚温は三陰交の灸頭針により著名に上昇を示し、これは三陰交の周辺にとどまらず大腿を含む下肢全体に及んだ,このような皮膚温の上昇は当然皮膚血管の拡張、血液粘性の低下、血流量の増加など下肢血行動態の変化を伴うが、それはさらに骨盤内血行動態にも影響を及ぼすことにより、子宮・胎盤循環の変化をもたらす。

そしてそれによりひき起こされる子宮筋緊張状態の変化や胎動の亢進が胎児の回転を促進するのではないだろうか。

 

至陰の灸によりより生じた下肢筋の収縮が、下肢血行動態の変化を通じて、上記と同様に子宮・胎盤循環に影響を及ぼすことによって、胎動が促され胎児の自己回転を促進するという可能性も否定できない。

 

至陰の灸さらには三陰交の灸頭針が母体のカテコールアミン(アドレナリン・ノルアドレナリンなど)分泌に影響を及ぼし、その変化が胎児に伝達され胎動が亢進され、胎児の自己回転を促進するということも推察される。

 

子宮緊張を緩和することによって胎動が増加し、正常胎位へと矯正を促したのではないかと考察している。

 

子宮筋の弛緩や子宮循環が変化するといった現象からいって自律神経系を介した機序が想定されるが、未だ生体内における子宮収縮の神経性調節は不明な点も多く、今後の検討課題である。

「疾患別治療大百科 シリーズ7 産科婦人科疾患」、医道の日本社刊、2002年より

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